かんざえもん

文章を書いている間の脳みそのドライブ感を楽しみたいブログ

何がしたくないか/人を集める

 

何がしたくないか。

社畜みたいに仕事をしたくない。社畜というのは本当に気の利いた言葉で、僕は前職のIT系の仕事をしていたときに、自分の姿が養鶏場の鶏とダブった(しかもものすごく狭いケージで飼われている系の鶏)。IT系で働いていた時、すごく生命力が持っていかれた。生命力を失わされるような職場環境だったと思う。人間が望んでしたことだが、空調完備、平面のオフィス、光量の変わらない証明、長時間座らなければならないデスクワーク、手以外動かさない運動量。

今、山だったり畑だったりで仕事をしていると、気温は頻繁に変わるし、地面は斜面だったり凸凹だったり、土壌の質で踏み心地も違ったり、影があったり、日向だったり、坂道下りたり歩いたり、物を担いだりの力仕事である。非常に身体を使う。肉体労働である。肉体労働はしんどいというイメージがあり、事実わりとしんどいが、それでもやはりそれがいいと感じる。疲労は空腹を生み、食事をうまくさせて、睡眠を誘導してくれる。PC仕事のときは身体は疲れていないのに、ブルーライトで視神経は刺激されて妙に脳が覚めていて寝づらかったし、飯もまともに食べずに、やせて行っていた。空腹になりづらいから、食欲もわかない。

そういえば、退職から一年以上が経過した。退職後の生活を一巡したわけである。コロナでごちゃごちゃとうるさかったが、一巡したわけである。ここらでちょっと整理をしておくことが求められているのだろう。

振り替えると、職場の「嫌」からは逃げられたのだった。IT系の職場から出ていきたいという願いは叶ったわけなのだった。IT系をやめて、すぐに実家の筍農業を手伝い、ナスを販売しに行ったり、草引きに勤しんだり、秋は様々な野菜や果物の収穫に追われて、冬からは林業=木こりの仕事を斡旋してもらい、竹藪の土入れと並行して林業仕事に取り組んだ。どれも一次産業で、IT系のときに感じたような「嫌」は感じなかった。どれも太陽の下で自然と関わってする仕事だったから。そのような職場で一年、とりあえずやれた。IT系ではやれなかったことが、一次産業系ではできた。これは一つの成功であると思う。成功体験である。

なぜ、成功できたのだろうか。退職というのはけっこう勇気のいる行為だった。しかし、自分の意思表示をはっきりさせて、行動したのが良かった。退職の判定を下した基準は「生命力」だった。IT系にいると、自分の「生命力」が減退する。そうすると、生きて行けなくなる確率が高まる。そういう観点から、退職を決断した。毎日、退職届をビジネスバックに入れて、通勤していた。通勤は毎日遅刻した。朝起きて会社に行く気が全然なかったのである。やべえやつだなぁ。とはいえ、まともに誰も怒らなかったから、IT系というのはそういうところナアナアな職場ではあったのだろう。人間関係もどうもなじめなかったような気がする。生命力のある人間というのはいなかった感じがする。社会以外に世界を持たない人間たちばっかりだったと思う。社会の外にも世界はあって、それは植物だったり、昆虫だったり、鳥だったり、カビだったりするのだが、そういう世界とは無関係に事が進んでいるような職場環境だった。当然である。IT系のオフィスには観葉植物という人工的に配置された植物しかないし、土は廊下に見当たらない。自然物は人間の身体だけで、人間の身体から出た手垢や唾液がPCのキーボードに付着していたり、抜けた髪の毛がデスクに散っている程度の自然感だった。こういうところに着目する時点でIT系が向いていないということがわかってもらえるのではないかと思うが、こういう感覚を退職するとき上司に説明することは難しかった。「生命力」の減退、自然から距離が離れることへの違和感、が僕を退職へと駆り立てたのであった。

 

 

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今、思っているのは、年老いてからでもなお、ずっと肉体労働を続けていたくないなぁということである。しかも親もいずれなくなるだろうし、そうするととりあえずは僕一人で農地を管理していかなくてはならぬ。いくら肉体労働が苦ではないとはいえ、それはけっこう無茶な話だから、それは避けたい。今のうちになんらかの対策を練るほかない。

そのためには、資金がいるのであろうか、従業員というか働き手がいるのだろうか、農地を利用したら収入があるようなビジネスモデルを組み立てることが必要なのだろうか。ほぉほぉ。生産設備はあるから、そこに労働量を投下すれば、ビジネスモデルとして成立させられていれば、農地を守りつつ、1人で仕事をするという状況を防ぐことができる。なるほど、それだなぁ。

シンプルなところで言えば、貸し農園でもいい。人に農地を貸して、そのお金で固定資産税を払うプラスアルファができればよい。

欲張りなことを言えば、自営業として、アルバイトなどを雇いながら、売り上げと収益を出して、それで生計を立てたり、税金を払っていったりすることがベストである。それは一つの目標である。今、僕がしていることを誰かがやるというような形である。僕が今しなくてはならないことは販路開拓とか、営業とか、人とのコネクションづくりであると思う。分業されたこの社会でビジネスモデルを回すには、各フェーズに人脈がないと、パイプの出口とパイプの入り口を繋げておかないとならん。その作業が恐らく一番大事。はじめのパイプの入り口は自然である。人間は自然から恵みを得る以外に恵みを得る方法がない。最初のパイプは一次産業のパイプ。そこから直接お客さんに届得蹴られるのが一番最高。単価を上げて、顧客数を獲得して、収益が出れば最高。それが無理なら、店舗に出品したり。とにかくやはり、そういう顧客開拓などが必要。ツイッターのDMで乱れ撃ち戦法が大切だと思われる。

やりたいことというか、やるべきことが見つかった感じがする。したくないことをしないために、やるべきことが見つかるという感じである。

農地を利用した収益化。あるいは、収益化ができなくても、人が集まればよい。人が集まれば、なんとかなる説がある。ちょっとこれはまた掘り下げて具体的に考えてゆくべき事柄である。簿記の勉強しようか。

 

おわり