かんざえもん

文章を書いている間の脳みそのドライブ感を楽しみたいブログ

親父が掃除できないことについて書きながら考える

 

 

自己紹介

 

僕は農家生まれの末っ子です。好きなものは素潜りと、数学と、文章を書くことと、登山したり焚火したりすることです。あと星を見るのも好きです。最近は雲を見るのにもハマっています。

素潜り歴はまだ一年ほどで、ベラを数十匹とカサゴを一匹、イシガキダイを一匹とメバルを2匹くらいしか、まだ突いたことがありません。しかし装備としては、ゴーグルと、軍手と竹ヤスでそれらを実現しており、素潜り能力はそれなりに高いのではないかと思っています。これからはフィンを履いたり、ウエットスーツを着たりして、より本格的に素潜りに挑戦していきたいと考えています。

数学は高校生の頃にハマって、大学、大学院とやってきました。正直なところ、学問のための学問をやりすぎてきたきらいがあります。もう少し自分の好奇心の羽を伸ばして、物理学や化学や天文学に触れていたら、もう少し分野横断的に勉強していたかと思います。数学は抽象的で難解で、ある種の眼を持っていなければ数学的対象に好奇心を抱くことすら難しい世界になってきます(純粋数学の話です)。そして知的好奇心のみが難解な数学的概念を理解していく燃料となるので、もっと好奇心が爆発するような対象を見つけられたら良かったかも、と思います。いやしかし中々難しいものです。

文章を書くことはなんやかんやで小学生のころからずっとやってきています。最初は学校から出された「あのね帳」に文章を書くことにハマり、そのあとは児童文学の感想文を書くのにハマり、中学では日記を書いて、高校では計算用紙のプリントの裏にひたすら思ったことを書きまくり、大学では何かを書くためのノートを用意して、そのノートをひたすら積み重ねていき、PCでブログに記事を書いていくというスタイルになり、、、と変遷をしながら、なにはともあれ文章を書き続けています。これはなんなのでしょうか。このブログもいわばそういうものです。言葉の新陳代謝なのでしょうか。

登山もよく行きます。家の近くに天王山があり、西山があり、野山があり、手軽な登山をよくします。今は仕事が林業になってきているというのもあり、仕事で山を登ることも増えてきています。それからこれからは狩猟もしようと思っているので、狩猟で山を登ることにもなりそうです。それから僕の願望としては、「沢登り」をしてみたいというのもあり、それで山を登る機会が増えそうです。自然は好きです。街も好きですが。大学院の時の友達と指導教官と山に登ったりすることもあります。けっこう定期的に登山をする関係になっています。

焚火もよくします。実家が農家で畑や竹藪で焚火をします。竹を燃やすことが多いです。枯れた竹が山ほど竹藪に散乱しているので、それをお掃除するために竹を燃やして焚火をします。クッカーセットを買ったので、それでお湯を沸かしてココアを飲んだりコーヒーを飲んだりラーメンを作ったりします。美味しいです。竹炭が作れないかな、と考えています。窯を作って竹炭づくりをするのはたいそうなので、オイル缶などを工作して作れないかと考えています。まだ実行には移せておりません。行動力がなくてすみません。

星を見ることは2020年の12月くらいから始めています。キッカケは先ほど話に上がった大学院の知人との登山の場で元指導教官が100万円くらいする天体望遠鏡を持っているという話になったところから、星ってけっこう身近なんだ、と思い天体観測に興味を持ち始めました。天体観測を始めた12月ごろは冬の大三角形がよく見えて、オリオン座やぎょしゃ座、ふたご座、ペルセウス座、といろいろな星座を覚えていきました。ある程度星座が頭に入ると空を見るのが楽しくなり、月が太くない晴れた夜は非常に遥かな気持ちになっていました。最近は見える星座が少しづつ変わってきて(見える星座が変わってくるという面白さがあります)、おおぐま座(北斗七星)、こぐま座、しし座、おとめ座など春の大三角形が見えてくる空になりました。オリオン座がなかなか見えなくなってきて、冬の終わりを感じます。昔は航海のときに星を頼りにしていたといいますが、確かに道しるべになるな、と感じています。目標は天体望遠鏡を買って、星を観察することにあります。ただ、天体望遠鏡を購入するのに少し躊躇いを感じていて、もっとハマってから、天体観測が自分の生活の一部になってからにしようと考えています。とりあえず、一年通してスマホのアプリや肉眼で天体観測をして、星座を覚えて、天文学を勉強して、知識が蓄えられてきたら天体望遠鏡を購入しようと思っています。その前に双眼鏡も買おうかと思っています。それから天文台とかにも行ってみたいですね。

星空と関連して、雲も見ようと思い始めました。天体観測は正直、晴れている日にしかやりがいがありません。しかも夜しか見れません。都会は光害がひどいです。空は昼も夜もあり、昼は雲が見えます。雲あるやん。雲を見ればいいやん、ということで雲を見ようとしています。これはつまるところ、天気予報につながります。天気予報は農家にとったら非常に有益です。というか、全人間に有益だと思います。なんで今までそういう発想がなかったんだろうか、不思議です。僕は第一次産業をしており、自然と関わる仕事なので、天気というのは非常に大切です。その天気をあらかじめわかるなんてすごく素敵なことです。ぜひとも学習していきたいものです。そしてそういうことを勉強していると、必ず登場するのが科学であり、物理であり、数学です。こういう基礎学問的な数学は非常に好きです。面白く感じます。数学は英語でmathmaticですが、原語のラテン語のmathmaticaの語義は「わかっていると思っているものをわからないと思ってもう一度考え直す」というものです。原義としての数学が僕はけっこう好きなようです。あまり応用数学みたいなものには興味・関心が湧かないからか、以前はIT系の仕事をしていたのですが、やめてしまいました。データサイエンスや、pythonや、AIなど一応大学院のときにかじったのですが、全然興味が持てませんでした。うーん。でも実際のところ、AIにはスマホのアプリでお世話になっています。うーん、また勉強し直すときもあるかもしれません。確かにこの情報革命時代、数学に強いということは非常に有利です。一次産業だけでは身体が持たないという面もありますので、数学を生かした仕事をして、半農半ITみたいな感じで、身体と心をバランスよく使っていきたいものです。今は半農半林という状況になっていて、身体がいつでもしんどいです。しかし、「わかっていると思っているものをわからないと思ってもう一度考え直す」という意味での数学を学んで、辿り着くのは自分の足元です。そこから一歩も動いていません。前に進むような営みではないのです。それが僕は好きなのですが、それだと「じゃあ数学は何ができるの?」「何の役に立つの?」という実用脳から見ると、弱ってしまいます。弱りました。

 

こうして改めて自己紹介をすると、主に自然物に興味を持っており、いろいろと各自然分野に興味はあるものの、好奇心が散らばってあんまり学習が進んでいないという状況が観察されます。天文学も気象学も竹林整備も林業技術の習得もいくらでもやることはあるのですが、どれも遅々として進んでいないような気がします。仕方がないのでしょうか。仕方がないということで済ませてよろしいのでしょうか。基礎学問は掘れば掘るほど掘れるので、とめどがありません。

各分野で目標とそれを達成する機嫌を設定して、ドラッガーが教えるように実行項目を立てて、目標達成に向かっていけばよろしいのでしょうか。きっとそうだと思います。人間の脳みそはなんらかの目標を達成するのに相応しく発達していると思うからです。「目的意識」ってやつが人の行動や思考を整理してると思います。

これで自己紹介を終了します。 

 

掃除のできなさ

 

自己紹介が済んだので、題名通り、親父について考えようと思います。僕は育ちがいいので、普段、父親のことを「親父(おやじ)」とは言いません。「お父さん」か「おっさん」と呼びます。父親としてリスペクトできない場合は「キミ」と呼んだりして叱られます。

親父の何を考えたいかというと、親父の「掃除のできなさ」です。

自己紹介で疲れたので、親父の「掃除のできなさ」については、また次回、考えます。

 

おわり