かんざえもん

文章を書いている間の脳みそのドライブ感を楽しみたいブログ

筋トレでむしろ疲労回復する説

 

ここ一か月ほど、ジムに通って筋トレをしている。

理由は、自分の行動のキャパシティ(許容量)を増やすため、が大きい。カッコいい身体を手に入れるため、ところどころ細くてバランスの悪い身体を変えるため、というのもあるし、ジム通いを習慣化することで、ジムの近くにあるカフェ=マクドナルドに行くことをセットで習慣化して、そこで勉強する習慣を作る、というもある。また、肉体労働をメインとする働き方をしているので、仕事に余裕を持たせるために、筋力をつけたいというのもある。それからいろんなところ(=本やツイッターや口コミ)で筋トレをした方がいい、筋トレは最強のLIFE HUCKだという声も筋トレする動機になっているし、友達に筋トレを習慣化している人が多いという人間環境も、筋トレする理由の一つになっている。

主に週3くらいで通っている。胸と三頭の日、背中と二頭の日、足と肩の日、という分割法で各日、各パーツを鍛えている。正直、不自然な身体の鍛え方だとは思う。自分の哲学とする「自然性」ともかけ離れているので少し居心地が悪い。が、とりあえず、ジムの哲学の方を優先させて、西洋的に身体を鍛えている。

(正直、身体の筋肉の例えば上腕三頭筋だけ限定的に負荷を与える、という身体の動かし方は普段の日常生活でするわけがないし、むしろ各筋肉に負荷を分散させて疲労を少なくして身体を動かす方が賢い身体の使い方であると思う)

自分の哲学とする「自然性」、と言ったが、自然は何もかも含んでいる神のような存在なので、自然性と言っても何も主張していない感がある。野生性と言った方が近いかもしれない。

 

 

何はともあれ、そうしてジム通いを始めて気づいたことがある。

それは、ジムに行くのは精神的にも肉体的にもしんどいけれども、いざやれば、筋肉を動かすことで血流が良くなったり、凝っていた部分がほぐされたり、汗を流すことによって、身体がかなりリフレッシュする、ということである。Active Rest=能動的休憩、というものだ。

今は筍掘りの季節で、4Kgくらいの重さの筍を掘る道具の”ホリ”を持って、ゆるやかに傾斜して粘土質の歩きにくく動くだけエネルギー消費する竹藪を歩き回り、”ホリ”を自在に動かして筍を掘る仕事をしている。

けっこう体力的にしんどい。疲労も溜まるし、筋力も使う。で、正直、ジムになんか行ってられるかい、という気分になってくる。

しかし、いざ実際にジムに行って、筋トレをしてみると、案外、身体はむしろ回復していく。疲労に次ぐ疲労が身体をむしばむのではなく、仕事では使っていない筋肉を使うことで、血流が良くなり、新陳代謝が活発になり、老廃物が取り除かれる感じがして、仕事の疲れの回復が早くなっているような気がしている。

これは、体感的に非常に正しいし、同じジムに通っている肉体労働者(元)にとっても共感する事柄みたいだ。

筋トレでむしろ疲労回復する説、は正しい仮説だと思う。

ケガには気をつけて、ジム通いをとりあえず、今年の10月までは続けたいと思う。

 

 

おわり