かんざえもん

文章を書いている間の脳みそのドライブ感を楽しみたいブログ

価格設定をがめつくしていかないと、個人事業主はやっていけないんだろう

 

 

プライシングの難しさ

 

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価格設定が難しい。

 

がめつくいけていない。

 

 

いや、僕はお金が欲しいんじゃないんです。

みんなに美味しいタケノコを届けたいだけなんです。

 

何なら無償で、ボランティアでしてもいいんです。

ええ、持って行ってください。

僕のことはいいんで!

 

みたいな感じでタケノコを売ってしまっている。

 

よくない。

 

未だ

「それはちょっと高すぎるよ!」

と言われたことが無い。

 

今月の自分の給料を計算してみたり、

日給を計算してみたり、

会社員の頃の収入と比べてみたりして、

 

え、、薄給になりますやん。

 

となった。

 

そう。

 

もっとがめつくいかないと。

 

 

安いから買うのではない

 

 キングコングの西野さんが、

「消費者は安いから買うのではない。買う理由の総数が多いから買うのだ」

と言っていた。

 

たしかに。

 

無人販売で売っていた時は、

  • たらきち先生のコネという安心感
  • タケノコの皮を剥いておいたというお手軽感
  • 価格がそれなりに手を出せる価格(競合他社と比べてもお得)
  • 旬=季節限定(そういえば、タケノコはビニールハウスなどでは作れないので、春限定の食材だ)
  • 長岡京産のアクが少なく、柔らかいタケノコのすごさ

という理由があったから、買ってくれていたと思う。

 

たなきち先生の功績がでかい。でかすぎる。

 

 

 

 そんなわけで、たとえば、価格がもう少し高くても、その価格よりも強度の強いたさきち先生のコネがあるために、売れていたと思う。

 

そうしたら、年収一億くらいいっていた気がする。

 

そういうわけなのだろう。

 

 

社会的意義

 

これで多くの収入を得られれば、タケノコ従事者なり、竹林管理者が増えて、

放置竹林が少なくなって、

森や山の生態系が維持されて、

 

サントリービール工場で使われる水がいい感じになり、

おいしいビールが飲めるようになる。

 

いや、ビールのためかい。

 

 

 

何にせよ、竹林管理には社会的な意義がある。

タケノコが大好きな女性は多いし、

森や山の整備も時代遅れかもしれないが、必要だ。

 

 

海洋プラスチックごみの回収を手掛けているオランダの青年のように、

資本主義のルールにのっとって、環境整備などもやっていく必要がある。

 

それには資金が必要である。

 

ってなわけで、

フェアトレードの商品のごとく、

価格設定をもう少し釣り上げていくことを検討したい。