かんざえもん

文章を書いている間の脳みそのドライブ感を楽しみたいブログ

草引きしていたら、漫画はやっぱり漫画だな…ということになった

 

 

草マルチ

 

某日。

 

百姓らしく、

バリバリと柿の木の下で草引きをしていましたさ。

 

長めの草を鎌で刈って、

その草を地面に敷き、

地面に当たる日光を刈った草で遮る。

 

これを草マルチという。

 

そうすることで、地面から新たに生えてこようとする雑草の光合成を防ぎ、雑草の生長を阻害することができる。

 

雑草は上に栄養を求めることをやめ、

下に栄養を求めることになる。

 

つまり、根を伸ばすようになる。

 

すると、土が雑草の根によって耕されることになる。

 

そうして、畑の土は雑草の根によって新陳代謝も施され、どんどんと肥えていくのだ!

 

これを「自然耕」というらしい。 

 

と、本で読んだ知識をひけらかしたところで、

本題。

 

雑草を刈りまくっていると、ゴミが出てきた。

空き缶やビタミン剤が入っているような小瓶、ビニールの切れ端、タバコのフィルム。

 

fuxx

 

とまでムカつきは、なぜか、しないものの、

とりあえず、

「畑にゴミ捨てたやつ、こ●す」

と心の中で脊椎反射に従って発語してみる。

 

そこで、ふと、

デスノートを思い出した。

 

デスノートは、

「個人名をそのノートに書くことで、その人を殺せる」

というものだった。

 

デスノートを一般化、あるいは抽象化した、

「畑にゴミを捨てた奴」と書くと、

畑にゴミ捨てた奴が心臓発作で死ぬ

みたいなことができる

アブストラクト・デスノート

というものを思いついた。

 

アブストラクト(abstract)

とは、抽象的な、という意味である。

 

で、

仮に、

「畑にゴミを捨てた奴」と書いたら、

多分、自分も死んでしまうだろうな、と思った。

 

多分、何かしら一回くらい、意図的ではないにせよ、畑に関わっている以上、

多分、ゴミを捨ててしまったことはあるから。

 

 

てなわけで、そんなアブストラクト・デスノートがあったら、

きっと、予想外の人物を殺してしまうことになり、大変だろうな、と思った。

 

 

それに、「畑にゴミを捨てた奴」をどうやって判定するか?という問題も出てくる。

 

生ゴミを畑に捨てたとしても、それは腐って菌に分解されれば、肥料になる。

 

「ゴミ」の定義が大変になる。

 

「畑」も同様で、ややこしい話なのだが、

たとえば、

竹藪は、

「たけのこを栽培している場所」という認識ならば、農地であり、

タケノコ畑ということになる

らしいのだが、

 

竹材、つまり竹を収穫する場所という認識ならば、林地、つまり林(はやし)になる。林業の土地となる。

 

 

今回の草引き場所にしても、畑の片隅に生えた柿の木の下にゴミがあったわけで、

そこは畑なのか、果樹園なのか、かなり曖昧である。

 

自然には境界線が存在しないため、言語化は非常に乱暴かつ無茶な話になることが思い出される。

 

言語で人間(自然物)を切断するのは、かなり不可能に近いのではないか。

 

 

アブストラクト・デスノート

実現が難しそうだ(デスノートの実現すら難しいわけだけど)。

 

で、ふと思ったのだが、

デスノートに書く「個人名」ですら、

抽象的で判定困難なものではないか?

 

だいたいの人は、1つの名前がある。

が、旧姓とかあるし、名前も一応変更可能なものではある。

 

スパイとか裏社会の人々など、

戸籍上の名前がかなり微妙な人だっているし、

僕らの名前なんてものは、

全部、偽名みたいなもんなのだ。

 

社会の便宜上、付けられた取り換え可能な記号に過ぎない。

 

僕らの名前は、たとえば、山田太郎を念頭に置くなら、

「山の田んぼのとこに住んでる長男坊」

みたいなかなりアバウトなものだ。

 

デスノートすら、アブストラクト・デスノートですやん。

 

デスノートは、自然界というよりも、かなり社会に根差した存在ということになる。

 

と、ここまで考えて、漫画にケチつけるのはナンセンスだな、思ったし、デスノートデスノートで面白いから全く問題ないと思う。

 

 言葉

人間(自然)

殺すというのはどうも難しいことのような気もするのであった。

 

 

ただ、言葉だって、別に人間が作ったものではない。

 

人工物は、すべからく自然物なのだと思う。なぜなら、人間が自然物だから。

 

 

 

 

 

いろいろと考えていくと、結局、その先を考えることが難しいところに到達して、

「この先はわからないな」

ということになって、終了する。

 

今回も、そのようである。

 

 

要するに、面白い漫画を描こうと思うなら、細かいことには目を瞑ろう!

 

ということになります。