かんざえもん

文章を書いている間の脳みそのドライブ感を楽しみたいブログ

そろそろ本気出していかないとマズイ、、本気はずっと出していたが。

 

 

一切、釘など留め具の付けられていない竹籠(かなり見ていて感動する)。

メルカリで売っています。

 

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竹籠

言い訳をすることはやめていこう

 

人間の脳みそは言い訳を考える天才である

 

今でしょ!で有名な林修先生が言っていた。

 

脳みそはとにかく言い訳を考えるのが上手で、言い訳を理論化して、確証バイアスによってその理論の根拠をたくさん集めてきて、その理論を強固かつ堅固なものにしていく。

 

 

先ほど、某血縁関係の某氏たちと話していて、やはり百姓たるもの、食材を売るという方向性を考えていかなければならないということ。

 

そのためにいろいろとやることがあるということ。

いいものを作っていれば、売れる

ということは嘘だということ。

 

ぐは。

 

っていうか、特に何か書きたいことがあるわけでもないのだが、

とりあえず、いろいろと書いていく。

 

 

 

退職して、約1か月、、人はどうなるのか

 

一応、うちの家は家業があるために、その家業を手伝っている。手伝っているを通り越してきている節もある。

 

手伝っているを通り越して、むしろ、こちらが経営を回すどころか、経営を創出していかなくてはならないくらいの勢いになってきた節すらある。

 

そんなこと、ろくに社会を知らないどころか、むしろ社会に興味さえ少ない若者にまかされても、、、(はい、言い訳1)。

 

言い訳をするのはやめておこう。

 

 

 

僕の個人的な、田園風景を癒しのために残しておきたい、とか周りの人からすると、どうでもいいわけで。

 

みんなにとってメリットのないものはドンドンと駆逐されていくのがこの世の常なのである。

 

大義名分というやつを考えねばなるまい。

 

考えるというか、そこにあるものに気づくのだ。

 

 

 

 

会社をやめるということは自由人になること、ではない感じ。

それほど自由でもない。

 

24時間のやることを自分で考えなくてはならない。

お金がないならば、会社に入っていない分を稼がなくてはならない。

 

会社というのは、思考を奪う装置として働いているのではないか?というほどに僕らの思考を省略してくれる。

 

僕らの生活の中に思考する部分など、ほとんどなくなっているのではなかろうか。ゲームとかか?

 

人間の一生

というものは既にだいたい理解しつくされてしまい、

システム(レールみたいなもの)が

出来上がってしまっている。

 

大きな大きなシステムである。

 

 

うーむ。

 

色々といろいろ。

 

 

とりあえず、携帯電話にかける時間を減らしていこう

というのが最近の試みである。

 

人生の時間があるとして、

その時間を携帯電話に奪われてしまっている気がする。

 

っていうか、

スマホ中毒になってしまっている。

 

そもそも中毒化するように作られていると思うし。

 

やめてー。

 

中毒とは、毒の中。

 

やばいやばい。

 

 

 

人生を振り返ったとき、

「あれ、、何してたんやっけ、ずっとスマホ触ってたんか、、」

「普段は仕事して、、」

「あれ、私の人生、なんだったんだろ」

「きゃぴー」

となったら嫌かもしれない。

 

いや、

「ま、人生って死ぬまでの暇つぶしだし、スマホで暇つぶれたんやしいっか」

スマホに時間かけて、余計な答えのない問いとかを思考せずに済んでよかったー」

と思うかもしれない。

 

「俺の人生なんだったんだろう」

「人生ってなんだったんだろう」

「ずっと夢の中にいたような気がする」

と空虚感を抱くかもしれない。

 

 

そんなことはそのときになってみなければわからないし、

そのときにはそう思っていても、

別のときはそう思っていないかもしれない。

 

 

とりあえず、

草引きしてこようかな。