かんざえもん

文章を書いている間の脳みそのドライブ感を楽しみたいブログ

長い雨が降り、畝の間が水つきになったので排水

 

脱サラ農家2年目に突入したところの者です。

長い雨が降った。雨の前日は月にモヤがかかっていたし、うろこ雲が出ていた。

 

畑の畝の間が水びだしになった。畝の少し低くなった場所は、冠水していた。(畝の高さは均一にできていないので、低いところが生じる)

 

畑の畔まで溝を伸ばして、畔を一か所破壊して、排水。

雨の中の作業だから非常にやりづらかったが、嫌悪感はない。

 

本来ならば、雨が降る前に、畝を立てた段階でやるべき作業。覚えました。

 

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雑草防除として敷いていた草マルチの畝からチョコチョコと雑草が見え始めていた。うむ~~。

 

ゆくゆくは雑草防除をあきらめてしまいそうな勢いだが、まだやりようはあると思う。

  • 混植をすることで、雑草が生えるスキマをそもそも無くす
  • 草マルチの量をもっと増やす

 

畑に行くと、作業興奮でアイディアとか、やる気とかが湧いてくるので、とにかく畑に出ることが大事なんだな、と思う今日この頃(n回目)。

 

5月前の長雨でした。

 

 

おわり

 

 

 

お金その2.楽天銀行の口座開設

 

楽天証券の口座開設は完了したのだが、楽天銀行の口座開設がまだだったので、今申し込みを行い、本人確認書類を提出した。

 

正直、ネットに自分の個人情報を提出しまくるのは、かなり躊躇われる。かなり躊躇われて、ここが参入障壁になってる気がする。

 

まだ、僕は何者でもない人間だし、それほどセキュリティを厳しくしなくてはならないような人間でもないので、楽天という有名さにかこつけて、個人情報を入力しまくった。

 

これから、貯金残高とか、投資金額とかを楽天さんに見られるとなると、おっぱずかしーって気持ち、共感してもらえますよね!?

 

共感してください!って話なんですよ。

 

 

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楽天銀行に口座を開設して、その口座から楽天証券の口座に入金したりするつもりである。

楽天ブリッジとかいう仕組みで、そうすると、お得なことがたくさんあるのである。年利が銀行の預貯金の金利が0.1%になるとか。

 

今の銀行低金利時代にしては、かなり高い金利になる。すごい。なんでこんなことが起きるのだろう。楽天の仕組みが全然わからない。わからないことは怖いし、手を出したくないと思うし、わかるのも面倒くさそうだが、とりあえず信じてやってみてみる。

ここで信じられる根拠は、本の作者が楽天の口座をおすすめしているとか、登録者数が数十万人のお金系YouTuberが楽天口座をおすすめしているとか、楽天が大手で聞いたことがある会社だから、信頼できる、というようなところにある。(自覚)

 

ちと楽天ブリッジについてももう少し調べなくてはならないが、とりあえず、楽天ブリッジを利用して、銀行口座に入金して、証券口座にスイープ(自動入金)をして、投資信託の商品を買っていこうと思う。

 

これ、けっこう若い頭じゃないとややこしくて、年取ってからやろうと思わなそうだなぁ。

頭脳使っていかないとあかんわ。

 

おわり

 

 

 

お金その1.長期分散投資、口座開設完了

 

ふと、Youtubeを見てるときに、この動画を観た。↓


www.youtube.com

 

 

オリラジの中田敦彦YouTube大学でも一億円さえ貯めれば、それを年利5%で運用して、そのうちの4%=400万円を1年間の生活費とすれば、資産が減ることなく、働かずに生きていける、という情報をとりあえず知っていた。

 

それで、特に人生でやりたいことも、やらなければならないこともそんなになかったので、ふと脳死楽天証券に証券口座を開設した。開設してから無勉強で投資始めるのは怖いな、と思い、勉強を開始した。

 

ひとまず、オリラジの中田敦彦YouTube大学の「お金の授業」シリーズを見た。お金の学習に関しては、以下のフェーズがある。

  • 貯める
  • 稼ぐ
  • 増やす
  • 守る
  • 使う

長期分散投資は、増やすためのものである。結局、稼ぐことを覚えないとあんまり未来は明るくないのだが、増やす方も早くからやっておくほうがいいに越したことはない。

 

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僕の周りの友達は、FXとかビットコインとか、投資で稼ごうとしている。FXはレバレッジをかけて、短期で儲けを得たい、というものらしい。FXはほとんどギャンブルに近いと思うので、僕は一切手を出す気にならない。FXには手を出さないと決めている。

僕は投資信託をしようと思っている。インデックス投資である。外国株を買って、年利5%で運用できるなら、それでいこうと思っている。

 

僕の今の気持ちとしては、投資信託を長期分散で行いながら、投資の勉強を始めようと思っている。それでどんなものかわかってきたら、投資の額を増やしていきたいと思う。投資の額を増やすにはお金を稼ぐフェーズが欠かせない。お金を稼ぐフェーズも頑張りたいと思う。

 

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Voicyで、「投資信託」と検索すると、まさとFPという人が日本人のマネーリテラシーを上げるために音声を上げてくれているので、農作業をしながらそれを聞いている。


www.youtube.com

 

やはりこの人の話を聞いていてもお勧めはインデックスファンドである。S&P500という株を買っとけって感じであるし、投資を学ぶとしたら、まずは長期分散投資で少額からの投資を始めて、ゆくゆくはレバレッジなども勉強したりして、投資の専門家になればいいよ、と言っている。

従って、まず投資の勉強でなすべきことは、長期分散投資であると考え、インデックスファンドをやっていこうというところである。

 

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山崎元大橋弘祐『難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!』という本も読了した。

 国債を買って、銀行よりも安全に貯蓄せよ、そして、リスクを取って増やしたいなら、これまたインデックスファンドが良い、とのことだった。日本株と外国株を半々くらいで買え、とのこと。

 

投資の不都合な真実として、アクティブファンドよりもインデックスファンドの方が、得というものがある。アクティブファンドはプロの人間の投資家が、ポートフォリオを組んだりして、株価を予想するというものだが、それよりも機械的に指標=indexだけを追うインデックス投資の方が利率が良いらしい。しかもインデックスファンドは機械で行っている分、人件費があまりかからないため手数料も安い。投資話は手数料が損の原因みたいなところがあるから、やはりインデックス投資が強い、ということになる。

 

ある程度インデックス投資について理解したら、早めに稼ぐフェーズに移行した方がよさそうである。

 

 

とりあえず、口座の初期設定が完了した。

 

これからまたごちゃごちゃと楽天ブリッジなどよくわからない仕組みについて勉強してゆかなくては。なんでこんなにわかりにくいのか。

 

 

おわり

 

 

 

星空その2.Mitakaのソフト

 

やはり4か月も夜空を見ていると、星座も少しづつ覚えてくる。冬の星座から春の星座に変わっている様子が非常に面白い。冬の大三角形が段々と見えづらくなってくる代わりに、春の大三角形がよく見えるようになってくる。文章で書くと、面白くないことであるが、実際に空を見上げているとそんな単純なことが素晴らしく思えたりする。

 

 

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天体観測という趣味を推し進めたいという気持ちがあり、少し新しいことにチャレンジしようと思う。

 

しっかし天体観測は、どんなことから始めればいいのやら、ということで、脳死で「天体観測 入門」と検索してみる。双眼鏡を買いましょう、望遠鏡を買いましょう、でも肉眼でも十分に天体観測ですよ、というような情報が並んでいる。

その中に、天文ソフトを使ってみましょう、というのがあったので、

Mitaka

という天文フリーソフトを使用してみることに。

 

 

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宇宙を探検できるすごいツールを手に入れてしまった。グーグルアースを超えるグーグルユニバースみたいな感じである。

 

調べさえすればネットにこんなことができるソフトが転がっているとは、すごい時代である。先人たちの努力を感じる。

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太陽系(Mitakaからスクショ)

 

とりあえず、このソフトでいろいろと遊べるみたいなので、いろいろと遊んでみようと思う。どんなことができるのか、マニュアルを読んで調べるというフェーズが中々苦手だったりするが、ちょっと気張ってやってみようかと思う。すごいなぁ。

色々と勉強さえしていけば、面白く感じれるはずである。地球側からではなく、宇宙側からも見れるのは素敵なことだと思う。

 

いやぁ、、

 

おわり

 

 

僕のブログの理想像

 

僕のブログの理想像をたとえ話を用いて、説明する。

たとえば、「たかしの釣りブログ」というブログ名で、ブログ記事の内容は、いつ、どこでどのように釣りをして、どのような結果(釣果)があったのかを書き、その結果について振り返りを行い、次はこうしよう、ああしようだのと考え、次は実際にその方法を試してみて、あーだった、こうだった、次はこうしよう、ああしようと、考えて、実践していく、、それらをブログ記事として記録(log)していく、、。

そのようなブログが僕の理想像である。釣りに興味がある人が見ると、へぇ、この人はこんなことを考えながら釣りをして、こういう結果にならはったんだ、なるほど、おもしろい、と示唆や含蓄や共感を示すような感想を持つだろう。

そんなブログが僕は書きたい。

 

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そのはずだったのだが、どうもそんなブログを書けていない。初心に帰ろう。

 

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まず、僕は少し欲張りすぎているかもしれない。「釣りのブログ」はそれはそれでいいのだが、それだと、「釣りができる時期」しかブログが更新できない。そして、たとえば、「エヴァンゲリオン」のことはブログを更新する理由になりづらい。それはそれでいいのだけれども、できるだけいろんなことを「log」しておきたいというのが僕のブログの本心である。

ゆえに、「釣り」とか「素潜り」とか、そういう多ジャンルにわたる事柄について、ブログ記事を書いて、それを更新してゆきたい。いろんなもののlogを残していきたい、というのがとりあえずの僕の今の率直な気持ちである。

だから、それを目指して、書いていこうと思う。

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書いていきたいと思っているトピックは今のところ、以下である。

  • 素潜り
  • 天体観測
  • 天気・天候・雲
  • 釣り
  • 野菜栽培
  • 筋トレ
  • お金、投資信託
  • 狩猟

である。

せっかくカテゴリというものがはてなブログにはあって、カテゴリに分けられるのだから、カテゴリに分けて、ブログを書いていきたいものである。誰にも見られないかもしれないが、自分にとって有益になるものにしたい。そして、もし自分にとって有益なブログになれば、それはきっと人が見ても面白いものになると思うのだ。

 

そんなわけでそれらを意識して頑張ってゆこうと思う。

 

 

おわり

 

 

 

竹藪掃除/草マルチはうまくいくのだろうか

 

今日は本格的な竹藪の掃除だった。季節の変わり目だからか、なんとなく体調がすぐれなくて、身体に力が入らなかった。ちょっとお腹もゆるかったし。季節の変わり目は本当に体調を崩しやすいので注意したいところである。全然食欲がわかない。確かに毎年、春はタケノコ料理ばかりが家の食卓に並ぶので、飽き飽きしていて、食欲はわいていないイメージではある。そして春になるとなぜかやたらにブログを更新している。春はやや暇なのかもしれない。しかし妙にしんどいから外出する気にもなれず、家にいて、時間を持て余しているから、こんな感じなのかもしれない。

 

さて、午後からは森の下に行って、草マルチをしてきた。以前にしていた草マルチは枯れてきている。ところで、草の隙間から地面が見えているので、おそらく、雑草防除効果は低いと思われる。むしろ、草マルチをしているせいで、生えてきた雑草が引きにくくなるというデメリットさえあるような気がする。草の隙間から地面が見えないように厚く敷く他なく、そうしようと思ったら、ますます多くの草を刈らなければならなくなる。そして、そうなるとまぁまぁしんどいということなる。

刈った雑草の長さも重要なのかもしれない。短い方が扱いやすいような気がしている。イネ科の雑草を刈り、束ねてものほし竿にかけて、乾かして、裁断して撒いた方がいいのかもしれない。竹藪に藁を撒く方法と同じである。すごくコストがかかるなぁ。どうしよう。でもそこまでしたら草引きをしなくていいくらいになるかと思われる。竹藪の広い藁敷きに比べれば、畑程度の藁敷きはそれほど大変ではないと思われる。稲作の時のようにコミットメントが弱いから、できていないだけで。実際草引きは大変だし、草引きも雑草が膨大になってくるともはや手をつけなくなる。だから、そうなる前に、藁を敷いておいた方がいいのではないか、というのが僕の提案ということになってくる。不可能ではない。まったく不可能ではなく、僕がやるかやらないかというシンプルな話である。

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できた野菜は食べチョクとかでは売れないから、他の方法で売るしかないし、そもそも売るつもりで作っているのかという問題もある。どうせなら売りたいけれども、どうなのだろうか。去年売っていた人になら、売れるかもしれないね。

畑をこれからどういう気持ちでやっていったもんか、、。僕はそこまでやる気がないのだろうか。どこかプロのところに行って、やり方だけでも本格的なことを知っておいた方がいいのかもしれない。自然農法というやつは独学でもできそうだが、独学でやっていくほどのモチベが僕にあるのだろうか。ある。やるしかねぇ。Youtubeに情報は落ちてるし、書籍も色々とうやるからである。自然農という名の宗教戦争の勃発である。

父親との対立は大した問題ではないから、まぁ無視していくことにしよう。

 

とりあえず、一時間ほど草刈りを行った。

 

 

 

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エンタメとして、趣味として畑をしたいのか、生業として畑をしたいのか、どちらなのだろうか。その辺、はっきり決まってないなぁ。趣味が高じて生業となる、という感じもするしなぁ。自然農でやってたら、価値が上がって、みたいな。自給自足もいいんだけれども。売る方法も考えたいところではある。ジモティや、メルカリで出品してみても、あまり売れないのが現状ではあるが。だって、みんなスーパーで買うじゃない?

 

農業をする楽しみとしては、作る楽しみと、食べる楽しみがあるかと思われる。作る方も楽しいと言えば楽しいよね。ただ、大変ではあるよね。でも昔よりは大変じゃないよね。趣味と思ってやるくらいがちょうどいいのかもしれないね。

 

おわり

 

 

雲その1.うろこ雲はどのように作られるのだろうか/ベナール対流

 

天気の悪い日は、星が見えないので、雲を見ることにしよう。雲を見れば、明日の天気がわかるかもしれない。明日の天気がわかれば、そして、もっと先の天気もわかれば、野菜を育てるのに都合がいい。

 

 

ふとしたときに空を見上げて、空の中でも特に雲を眺めることが増えた。まだまだ雲初心者なので、今見ている雲がどんな名前の雲なのかを判別することができないし、どれくらいの高さにある雲なのかもわからない。

しかし、それでも綺麗だな、と感じることができたり、いろんなことを考えることはできる。

今日は満月に近い月が出ていたが、空が雲に覆われていて、おぼろ月のようになっていた。おぼろ月には、どことなく荘厳な雰囲気が漂っている。天気予報によると、明日は昼頃から天気が崩れて、雨が降るらしい。おぼろ月はその前兆ということなのだろうか、それともそうではないのか、どちらか知らない。(#雨になるらしい)

 

そして、月の周りがどうも、うろこ雲っぽい感じになっていた。雲の形は、どういう風に形作られるのだろうか。どんな風が吹いていて、気温がどんなだから、そういう雲になるのか、その辺を知りたいと思った。

 

これは間接的な答えであるが、味噌汁の味噌がうろこ雲のようにぽつぽつとできることがある。それと原理は同じことのようである。「対流」というのが起こっているらしい。

 

それをベナール対流と呼ぶらしい。ベナール対流は、上層部と下層部で温度差があるときに生じる空気の流れで、下層部の温かい空気は上昇し、上層部で冷やされた空気は下降して、空気の流れがぐるぐるしている状態である。上昇する流れの場所は雲ができて、下降する流れの場所は空気ができず、うろこ模様になる、という理屈らしい。なるほど。。。一つ賢くなってしまった。

 

 

ちなみに、「女心は秋の空」というらしいが、もともとは「男心は秋の空」らしく、昔は女性は浮気は死罪だが、男性の浮気は寛大というもので、うつろいやすい男心を秋の空になぞらえたらしい。どちらにせよ、異性の心はわかりにくい、ということである。

 

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まとめ

 

・うろこ雲のできる原理は、味噌汁の中の味噌がハチの巣のように並ぶ原理と同じである

・その本質はベナール対流と呼ばれる対流が原因で、いろんな気象条件がそろうと起きる

・うろこ雲が出ると、三日以内に雨らしい

 

 

感想

 

うろこ雲とみそ汁の原理が同じってめちゃくちゃ面白いな。雲という壮大なことを考えるとき、味噌汁という身近な例で考えても問題ないってわけか。気体も液体もどちらも流体力学に支配されているということだろう。

 

空を見て、何気なく「なんでうろこ雲ってあんな形になるんだろう」って思ったことをブログに書いていたら、答えが知りたくなり、調べたら、「対流」のせいだということがわかり、一つ賢くなりかつ、感動を得てしまった。

ブログ書いてよかった。これからもこういうブログを書いていこう。

 

おわり

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

ミカンの根元に竹炭マルチ/森の下の草マルチ/種まきと草マルチの順番

【今回の草引きを防ぐための実験】

Q1.みかんの木の根元に竹炭マルチをしたが、雑草防除はできるか?また、みかんの木に悪影響はないか?

Q2.畝に生乾き草マルチを敷いたが、この後苗を植えて、草マルチを敷いたときに、きちんと雑草防除ができるか?また野菜への悪影響はないか?

(去年も草マルチはして、それほど悪影響はなかった。むしろやはり草引きは楽だったように思う)

Q3.種まきのときは、草マルチと種まきの順序はどちらが先がいいか?今回は、種まきを先にしたが、きちんと芽は出るか?また雑草防除ぐあいはどうか?

 

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城のミカンの木の根元に竹炭を敷いてきた。すべては土壌改良と、雑草防除のためである。雑草防除はうまくいくだろうか。敷く厚さが大事だと思われる。みかんの根元に竹炭を撒くことは、微生物や昆虫の生態を考えたときに大丈夫なのだろうか。みかんの葉っぱをかじる虫が湧いたり、みかんの木をかじる虫が湧いたり、土壌の化学的性質を不適に変えたりしないだろうかということがやったことがないので心配である。まあ実験である。竹炭をミカンの根元に撒いたら、美味しいミカンが取れたり、雑草防除になるということなら、来年から繰り返していけばいいと思われる。そのうち、竹炭が撒きにまかれて、草刈りがあんまり必要でなくなるかもしれない。そうなると楽にはなる。

 

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森の下の草刈りをした。鎌とコンテナを持って行って、鎌でイネ科の雑草(なんとかグラスとかいうやつ)を刈り、刈った草をコンテナに入れて畑の畝に持って行って、枯らせるために置いておいた。そうして枯れたら草マルチに使用するのだ。多分、草マルチは思ったよりも多くの量がいる。草マルチはあればあるだけマルチとしての効果をきちんと発揮する。

マルチとは、畝の上に敷くもので、雑草防除をしたり、野菜の実に雨ではねた泥がついて、汚してしまったりすることを防いでくれる。あとは地温を上げたりといった効果もある。しかし、ビニールマルチだと、ビニールはゴミになる。鬱陶しい。なので、草マルチをしてみている。草マルチは刈った草を地面に敷くというもので、ビニールマルチと同じ効果を期待するものである。メリットは、ゴミにならないどころか、枯れて腐れば肥料にすらなるということ、現場調達ができるということである。デメリットは、草刈りに人件費(というか私の体力)が削られるというところである。鎌を持って、しゃがんで、草を刈らないといけないから。

で、実際のところ、草マルチに効果はいかほどなのであろうか。今年はきちんと効果のほどを実感しておきたい。そのためにもきちんと言語化しておいて、データが取得できるようにしておこう。2021年4月24日の昼に草刈りを行った。イネ科の雑草を刈り、畝で枯らすように並べて置いておいた。野菜の苗を植えるころには枯れている状態にしておきたい。畝は直射日光に照らされて、土がかんからかんに乾いている状態である。直射日光も草マルチ(生乾きver.)はそれを防いでもくれる。畝立てが済み、肥料をまいた後、草を刈り、生草マルチをしたという状態である。

草マルチは分厚く敷かないと、雑草防除の効果が薄いと思われる。去年は草マルチの効果はいかほどだっただろうか。草マルチが分解するときに出る有機酸とやらが雑草防除に役だったりもすると思うのだが、その辺もどうなのだろうか。うちの畑は特に雑草がひどいので、草マルチが多量に必要だと思われる。その分、草を刈る時間を取られてしまうが、夏に来て、野菜の草を引くよりかはマシだと思われる。夏に畑にあまり出たくなり。春の雑草はまだ茎が柔らかく、刈りやすいと思われる。春に多量に草刈りをすることはそれほど苦痛ではない。また、刈るのにちょうどいい長さの草の長さというものがある。コンテナの横の長さくらいの長さがちょうどいい。イネ科の雑草は伸びすぎると自重で折れ曲がったり、下の方の茎が柔らかくなりすぎたりしていて、刈りづらくなる。ちょうどいい位の長さで刈っておくのが気持ちがいい。

 

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この間、隠元豆と枝豆をワサダの種まきをしたが、草マルチを施してから、種を撒いたら良かったかもしれない。一応、芽が出やすいように、芽が出るところは草を敷かないでおこうと思う。まず、草マルチをして、草を敷かないところを作り、そこに、種を撒いたらよかったと、草マルチと種まきの順序を間違えた。今回は間違えたけれども、それどもうまくいくだろうか。

 

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生草敷いてから2日目↑

 

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全ては雑草防除のためである。それほど草引きが嫌なのか?嫌である。

農業は草引きとの戦いであるのならば、その戦いに勝つために、僕は草マルチを施す。

 

 

おわり

 

 

ジム通い/早起き習慣/長期投資/商品づくり

 

昨日はジムに行き、筋トレをしました。最近、何かとジムに行く時間が取れていないので、次回もきっと取れないだろうと思い、全身の筋肉をいじめました。全身の筋トレだと、週に2回ジムに行くくらいで十分だからです。しかし、全身の筋トレには時間がかかるし、単純動作をし続ける1時間というのはかなり面倒の臭いものです。本当に筋トレにはあまり向いていないなと思います。それでもジムに登録してしまったので、通おうと思っています。たぶん、10月にはジムを解約すると思います。なんか向いていません。

 

早起きをしていきたいという風に思っています。朝に一番したいことをする、という運用でやっていきたいわけですが、脳みそは変化を嫌うので、いきなり朝早く起きようと思ってもうまく行きません。脳みそが変化していないと誤解するような変化を積み重ねて、ゆっくり早起きにシフトしていくのが吉です。そのためには、スモールステップを踏んでいく必要があります。では、それはどのようにすればいいでしょうか。まず、目標は、6時起床です。6時に起床すれば、だいたいすべてのことがうまく回ると思います。今日は6時半ごろに起きました。

理想としては、6時に起床して、そこからPCもスマホも触らないでいたいです。そして、ノートを持ち出して、ノートに何かしらを書いていくとか、あるいは、読書や勉強をするという運用で行きたいと思っています。それか、朝、5時半に起きて、6時半からは、PCを開いて、ブログを書くなどの運用でもいいかもしれません。しかし、スマホは触りません。スマホはえげつないくらいに集中力などを奪うので、全然お勧めしません。

 

最近は、お金に興味があります。なぜなら将来が不安だからです。あるいは、働くことを自分で裁量したいからというのもあります。僕は基本、肉体労働をしているので、身体がしんどいなぁと思うときは肉体労働をしたくありません。体の調子に合わせて働いたり、働かなかったりできればいいなぁと考えているタイプです。若いうちは大丈夫ですが、年を取ってからも肉体を酷使して生きていくのは嫌だなぁと考えているので、長期投資をして、少し楽をしていきたいなぁというのが本音になります。何がしたいか、というよりは、何がしたくないかという基準で考えた結果、こういう結論になっています。

僕はどちらかというと、やはり資本経済よりも自然経済に身を置く方が生物としての人間としては自然だろうと思っています。自然経済と言うのは要するに、自然の恵みを直接的に受け取って生きていくというようなものです。いわば田舎暮らしです。

しかし、資本経済では、金融が幅を利かせ、一生に使うお金よりも多いお金を使っていくことが是とされている風潮があります。どうなんでしょうかね。内田樹ローカリズム宣言』を読んでいますが、その辺の問題意識が書かれています。それほど金を稼いで、どうするんだ、と。まぁいろいろと使い道はあるんでしょうが。

僕の長期投資の仕方としては、投資信託を考えています。その中でもインデックスファンドを考えていて、外国の株を買おうと思っています。日本の株は買いません。FXはしません。年5%の利率で十分と考え、コツコツとやっていきたいと思います。年5%の利率で、1億円あれば、年400万で暮らせるということになります。400万あれば僕としては実質勝ちだと考えています。ニートとして一切働かず、ということにするつもりはありませんし、季節労働くらいはするつもりなので、それがあれば、400万、マネーマシンから所得が得られればこれほど贅沢なことはないというのが、僕の算段であります。

しかし、お金の順番としては、まず「貯める」「稼ぐ」「増やす」という順番があり、それから、「守る」「使う」というものがあるらしいです。今、「難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください」という本を読んでいますが、これは「増やす」フェーズの本ですね。僕は今、実家暮らしなので、「貯める」はまぁ大丈夫なんじゃね、ということで、「稼ぐ」と「増やす」に興味があるところです。ところで、「増やす」の方が、「稼ぐ」よりも後に来るわけですが、「稼い」だあとに、いきなり増やすをうまくできるわけがないので、もう現時点から、「増やす」も勉強しておこうというのが僕のクレバーな選択です。

 

さて、結局、どういう風に事業を起こして、お金を「稼ぐ」のか、という問題にぶつかるわけですが、どうしましょうかね。くはぁ。「商品を作る」というのが第一歩なわけですけれども。農産物をちょろちょろ売って、それでどれほど稼いでいけるというのでしょうかね。自分がその商品づくりに熱意が湧くものがいいよなあ。井澤さんにとっての「薪」みたいな。僕も薪をもっと営業したらええんかもしれないけれど、どうもそういう木にはならない。やはり、「竹」を使うものではなかろうか。僕にとって「竹」はあまりにも身近だから、「竹」を商品化できたら、僕はすごく嬉しい。「竹」なんてどこにでもある、というような印象である。しかし、「竹炭」なんてすでにどこかしらから帰るしな。別に消臭しないといけないような臭い家も最近ないだろうし。「竹炭」なんているか?田舎じゃあるまいし。という感じでマーケット的には小さいだろうし、なんでこんなにマーケットが小さいことしか僕は思いつかないんだろうと悲しくなったりもする。

でもとりあえず、やってみるしかないような気もしてきたので、やってみよう。

 

おわり

 

 

 

我が家の本棚にある本を紹介してゆく②

お題「我が家の本棚」

 

我が家の本棚にある本を紹介していくコーナーを続けていきたいと思います。

 

7.ドナル・オシア『ポアンカレ予想

ポアンカレ予想 (新潮文庫)

ポアンカレ予想 (新潮文庫)

 

 自分は数学科卒ということもあり、何かと数学への関心は常にあるタイプの希少種なのです。まぁサッカーもしていたけど今は全く興味はないので、していたことに常に関心を持ち続けているわけでもないですね。サッカーになぜ今は関心を向けないのでしょうか。サッカーをしていたときもテレビの試合中継に興味を持ったことはあまりありませんでした。サッカー漫画を読むことの方が好きでした。サッカーが好きか嫌いかというと、多分、嫌いということになるのではないでしょうか。なぜなら、それはチームスポーツだからです。経験者なので、サッカーはそこそこ上手だと思いますが、謎に変なトラウマがあります。今でもサッカーをしている夢は、少し、自分にとっては悪夢よりです。

話がそれました。ポアンカレ予想は、いわゆる懸賞金のかかった問題で、数学上の難題とされているものです。それが、ロシアのペレルマンという元数学者のニートに解かれた、ということで話題になりました。数学の問題であるにも関わらず、「熱力学」のエントロピーなどの概念を使って解かれており、非常に不可思議なものになっています。それから、ペレルマンは懸賞金を受け取らなかった、などのドラマもあり、その辺のことが書いてありますが、全部は読んでいません、長いので。

このポアンカレ予想は「宇宙の形の秘密」にも迫る問題で、非常に面白いものではあります。

 

2.竹内淳『マクスウェル方程式

 理系の本が続きますが、マクスウェル方程式の本です。マクスウェル方程式は、電気と磁気に関する方程式なのですが、電気と磁気の相互関係が存在する=電磁波が存在するということを言い当てた式で、まぁやばいので知りたいと思い、購入しました。

そして光は電磁波である、ということもわかるらしいです。この本にはそのことは詳しく書かれてはいませんでしたが。

僕はこのブログのどこかで書きましたが、天体観測に興味を持っています。そして、天体観測は、宇宙の遠くにある星の「光」を受け取ってこそ始まるものです。なので、自動的に、「光とはなんぞや」ということには興味を持つのであり、そうして、光への興味が湧きました。

「光」はなんとも捉えがたい存在で、光の考察から相対性理論が生まれたり、量子力学が生まれたり、非常に人類の脳みそを悩ます存在であり、好奇心をくすぐる存在でもあります。ものすごく身近だけど、よくわからない、というものです。

自然に興味を向けると、興味の先が無限にあるので、人生退屈しないっすよね。不老不死になったら是非、自然研究を始めてほしいと思います。

 

3.鈴木大拙『東洋的な見方』

新編 東洋的な見方 (岩波文庫)

新編 東洋的な見方 (岩波文庫)

  • 作者:鈴木 大拙
  • 発売日: 1997/04/16
  • メディア: 文庫
 

 

懐かしいなぁ。現代に残っている考え方というのは、基本科学的で、したがって西洋的なものです。「分割して統治せよ」というような旗印のもと、物事を分割して、名前を付けて、その間の関係を記述して、、というような分別知による理解が西洋です。

一方で、そんな分別知ではわからないものがある、分別知で分ける前のところ、神が「光あれ!」と言う直前の刹那、などに関心を置くのが東洋だ、というような話です。

そんな東洋的な話をしてくれる本です。なんかこう、元気になるというか、肉体的でいいです。

 

 

 

ふぅ、疲れたのでこの辺で終了します。

また元気があれば、続きを書きます。

 

 

 

おわり

 

 

我が家の本棚にある本を紹介してゆく①

お題「我が家の本棚」

 

 

こんにちは。

お題「我が家の本棚」というもので、ブログを書いていきたいと思います。

 

自分の本棚を眺めて端から順に、置いてある本について紹介してゆきます。

 

 

 1.『大学生物学の教科書』

 これは、光合成の詳しいメカニズムに関して興味が出たときに、買ったものです。農家なのでなるべく畑で楽しい時間を過ごそうと思い、そのためには植物のことを良く知るのだ、と思い、植物のエネルギーの取り込み方を詳しく知ろうとしました。

大学の生物学の教科書であるので、けっこう難しく、あんまり読めていませんが、後々少しづつ読んでいこうかと思っています。

 

2.池嶋庸元『竹炭は効く』

竹炭は効く

竹炭は効く

 

 

これは筍を月一で出品させていただいているお店の本棚から借りてきたものです。竹の活用法について考えていた時に、「竹炭」というものに焦点を当てていて、竹炭はどういう効能があるんだろうな、竹炭ってどうやって作るのかな、と思い、手に取りました。竹はパイプのような小さい管(くだ)がたくさん連なっているような構造をしており、その構造は表面積をバカでかくすることになっており、様々な物質を吸着したり、微生物が繁殖する住処を提供したりするので、浄水効果や消臭効果、土壌改良効果があるというものでした。

 

3.岡本太郎『自分の中に毒を持て』

自分の中に毒を持て<新装版>

自分の中に毒を持て<新装版>

 

 

これは凄まじい本です。なんといか、常識破りな本です。読んだ方も多いのではないでしょうか。人生に挑んでやろう、という気概のある方にも刺さりますし、なんだか人生つまんねーなという鬱傾向のある人にも刺さるかと思います。人生をうまく送っていこうというものではなく、歓喜を掴むためにやりたいように、力が湧くような方向へ賭けようというエネルギッシュな本です。一読をお勧めいたします。

 

4.高石宏輔『声をかける』

声をかける

声をかける

 

 

ストリートナンパの本で、陰気で暗くて、人と関わることが苦手な筆者が、街ゆく女性に声をかけつづけながら、「存在として美しく生きるとはどういうことか」というようなことを考えていくドキュメンタリーです。筆者は、声かけを続けていく中で強く美しい女性と出会い、人を魅了するというのはどういうことか、人と会話して意味のある場所へと到達するのは可能なのか、というような方向へと思索・行動してゆくようになります。かなり文才の光る本で、名著だと思っています。多大なる影響を受けました。 

 

5.佐藤勝彦『インフレーション宇宙論

 この世界がどのように始まったかということは、この世に生を受けたものとして、一度は考えることなのかな(そうでもないのかな)と思います。その疑問について科学の視点からIQ高く迫ってみよう、だって俺は院卒なのだから、という気概でぶつかって買ってみたものです。他の宇宙論の本と一緒に買ったものなので、まだこれは読んでいません。

 

 

6.谷崎潤一郎痴人の愛

 

痴人の愛

痴人の愛

 

 これは伊集院光かなんかがテレビで紹介していて、面白そうだな、と思って購入しました。そのころなんか面白い小説ないかな、という気分になっていたというのもあります。基本的に僕は気分で読む本を決めて食指を伸ばしているようです。気分で買って、気分で読まない、というようなブレブレな態度はいかがなものなのでしょうか。これは前半くらいを読んであとはまたの機会に、という感じで放置してあります。

 

疲れたのでこの辺で中断します。読んでいない本がいくつかありますね、、。積読ですね。そういうものと言えば、そういうものなのでしょうが、、。

 

 

おわり

 

竹林を軸にしたエンタメやらサロンやら

 

竹林の活用方法として、自分はまったく思いもつかなかったのだが、「流しそうめん器」を作るというのは一つあるよね。それから竹で椅子を作るとか。確かに言われてみればそういうこともあったけれども、なんか必要不可欠というわけではなく、エンタメ要素が強いからあんまり思いつかなかった。現代では必要なものはもう既に十分に事足りているから、不必要ではあるけれど、人が集うようなこと、楽しい感じが漂っていること、そういうエンタメが求められていることが再認識された。

エンタメは、今、消費としてのエンタメよりも、生産としてのエンタメの方が価値が高いらしい。イベントに参加するよりも、イベントを主催する方が価値があるし、楽しいらしい。であるならば、一緒に竹林の管理をしたり、活用したりを考えてくれたらいいんだぜって感じである。それをするにはうちの農地などは清潔感がない。小屋も納屋も整理整頓されていない。他人の使い勝手が悪い。お邪魔したくないお部屋といった感じである。あるいは、他人からお邪魔されないように、ゴミで自分の土地をうちの父親は固めていったということかもしれない。

農家さんは自分の土地を奪われまいとして、自分色に農地を染めていく。農地は先祖から授かったものであり、他人に簡単に譲らずに自分の家で管理し続けていかなくてはならない、というエゴ的な保守主義で、実質的には一人で管理しきれずに、放置を続ける。どこぞの他人に管理をまかせるのも農家さんとしては恐ろしいところだろうが、それよりも、ずさんな管理=放置で山が荒れる方が問題は大きくなるのではなかろうか。確かに無責任な他人に管理をまかせてしまうリスクも勿論あるけれども。

しかし土地の地権者が土地を自分(あるいは自分の家族)だけで管理するというのはかなりハードルが高い。土地の管理なんてほとんどお金にもならんし。地権者は一人の方が法律的には管理しやすいのかもしれないが、実際に管理するには大勢の人の力が必要だ。もっと大勢の人に山やらを開く方がいいと思う。海までの距離が短い(隔海度が小さい)急峻な日本では、広大な平地のある他国に比べて少人数で農地や山地を管理するのが難しいと思う。インターネットみたいな感じでみんなが利用したり活用したりとかはやっぱり難しいのだろうか。オンラインサロンというか、村というか、ある程度の基準をクリアした人を集めて、山を管理する的なことが大事なんだろうな。

同じ林業の仕事をしている先輩は竹林をそんな感じで管理していてすごいな、と思う。それがどこに辿り着くのかはわからないし、今はその先輩(というか上司というか)に人がかなり力を入れて管理しているから回っている節もあるし。難しいな。そもそも日本の人口は縮小傾向にすごくあるわけだから。

そういえば、筍農家の人でもそのように地域の主婦さんのボランティアの力を借りて楽しくしている人がいた。主婦さんが集まっていろんな活動をしていて、楽しそうだった。ああいう感じにしていけたらいいんだろうな。後継者的な男の子もいたし。

 

おわり

 

腰/やりたくないことの続き/生産としての人生を望む/知的好奇心の充足

 

腰が痛いなぁ。筍掘りで筍を根から切り離すときに、けっこう根を突いたり、石を突いたりして、反動が腰に伝わっているとかして腰が痛い。シンプルに肉体労働というのは腰を痛めやすいものであるというのも原因している。腰のヨガのようなものをしてみてはいるが、どうもそれほど前ほど効果がなくなってきている。ぎっくり腰とか洒落にならないので、日ごろからストレッチをして、身体をほぐしたり、銭湯に行って身体を温めておきたいものである。

 

さて、書くことが何も思いつかない。
したくないなぁと思うことをさらに考えてみる。

一つ思うことは悪しき習慣をなくさなくてはならんなぁ、というものである。スマホ中毒、夜更かし、寝起きが悪いである。もう少し寝起きがよければなぁと思うことはしょちゅうである。正直もはやほとんど諦めているが。夜更かしもまぁ仕方ないみたいなところもある。問題はスマホ中毒である。

僕のスマホ中毒の原因は、SNSの通知にあるのではないかと思っている。特にLINEである。LINEがけっこう気になる系男子である。つまり通知が来ていないか気になってしまう。通知のバッチ①とか②とかなっているのが「報酬」として脳内回路に認識されている。バッチ①の赤色はアラート色で、神経を興奮させる。そしてスマホを開くというのがスロットレバーを回すということになっていて、ドーパミンみたいなことになっている。簡単に得られるLINEドーパミンのせいで、脳みそが短絡的な刺激、快楽に酔ってしまう感じになっている。いわゆるサウザーが言うところの「飴玉」というものである。

人生、なにか特別にやりたいことがなくても、スポーツ、セックス、スクリーンの3つの飴玉をしゃぶっておれば、勝手に時が過ぎ去って、特に何も考えずに死んで行ける。浅くて軽くて表面的な刺激は日常に手ごろに溢れている。スポーツ観戦で自分と関わりのない人間のやりとりを見て一喜一憂して時間をつぶしたり、手ごろに湧いてくる性欲を娯楽的に消費したり、感情移入させてくれる面白い話を見せてくれるスクリーンを見ていれば、消費の人生として終了してゆける。

それはそれでいいと思うし、大多数の人はそんな感じで人生送っていると思うのだが、こうして自覚してしまうと、それ以外の生き方をしている人もいるのに、そしてそちらの人生の方が面白そうなのに、どうしてそっち側に行けていないんだろうという気になってくる。これは洗脳か?でも漫画を読むよりも、漫画を描く方が面白いというのは体感として残っている。

だから消費としての人生よりも、創造とか生産としての人生を望むのは自分的には理に叶っているし、願ったりなところである。ブログを書いているのも、本を読んだり、人の書いたものを読むだけの消費の生活に少しでも対抗するためなのかもしれない。僕の価値観として、「生産的な人生を歩みたいな」というのがあるようだ。確かに、お百姓さんしてるのも、ただ野菜を食べるだけではなく、野菜を生産したいという思いがあるからかもしれない。ただ肉を食べるのではなく、獣を殺して、解体して、捌いて、精肉を作り出したいのかもしれない。獣を生産することはさすがにできない感じがするけど。

野菜やらを生産するのもいいのだけれど、頭脳労働的に生産するものも欲しいというのがある。生産すればそれでおっけーというわけではなく、何か高い評価を得られたらなと思わずにはいられないのは本音であります。でもそれほど強い欲求でもないから困った。漫画なぁ。漫画を描いていないとずっとこんな感じでモンモンとしているんよな。なんなんだろう。描けよwしんどいけど。

 

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物理学やクラシックや地学などのYoutubeチャンネルをチャンネル登録したりして、思っていることは、そういう教科書的な知識を頭に入れていくことはもう学校で随分としたし、もう少し違うことがしたいな、ということ。どうなのだろう。数学を高校、大学、大学院と学んできたけれども、どうなのだろう。何が成功して、何が失敗だっただろうか。落合陽一が「勉強は教科書を読む作業、研究は教科書を書く作業」と言っていた。Youtubeの動画を観て、知識を手に入れて、可能になることはテストの点数が上がるということではなかろうか。予備ノリも地学の人のも、学校の授業の補足的な授業で、目的は学校というミニゲーム内の定期テストというミニゲーム内でのテストの点数の取り方みたいなテクニックである。社会に出ると、別のミニゲームになるから、学校ゲームでの高得点の取り方はそこまで必要ではないし、僕としてももう少し違った結果をもたらす勉強の仕方がしたい。知的好奇心を満たすという目的で勉強するということは素晴らしいし、自然だと思うが、教科書を読んでいるだけでは、正直、知的好奇心は浅く満たされるにすぎない。

たとえば、地学の河岸段丘の説明だが、川がくねってくねって平野ができて、隆起で斜面が急になり、川が地面を削る力が強くなり、、、というわけだが、あれはどういう経緯でそのように理解されたのだろうか。どういう調査、どういう仮説の元で、どういう結果があったから、そのような説明に落ち着いたのだろうか。誰か調査した人がいるわけで、その人は自分の時間と金を使ってそういう知識を得たわけで、そうして初めて知的好奇心は充足するような気がしている。めちゃ遠回りだけれど。

単に運動方程式
 F = ma
と習うよりも、ニュートンという人がこんなことを考えていて、そう考えられたのは昔からこういう調査が行われていて、、みたいなことまで知った方が、面白い。最終的には運動方程式機械的に使って計算するだけだとしても。ブルーバックスに書いてあるようなことこそが知的好奇心の充足に繋がると考えている。じゃあ、ブルーバックス読めよって感じだね。

理系的な本読んでいたら、もっとビジネス的な本読んだ方がよくないかということを考え出してしまうし、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、なかなか定まらんとです。

 

 

 おわり

 

 

 

 

何がしたくないか/人を集める

 

何がしたくないか。

社畜みたいに仕事をしたくない。社畜というのは本当に気の利いた言葉で、僕は前職のIT系の仕事をしていたときに、自分の姿が養鶏場の鶏とダブった(しかもものすごく狭いケージで飼われている系の鶏)。IT系で働いていた時、すごく生命力が持っていかれた。生命力を失わされるような職場環境だったと思う。人間が望んでしたことだが、空調完備、平面のオフィス、光量の変わらない証明、長時間座らなければならないデスクワーク、手以外動かさない運動量。

今、山だったり畑だったりで仕事をしていると、気温は頻繁に変わるし、地面は斜面だったり凸凹だったり、土壌の質で踏み心地も違ったり、影があったり、日向だったり、坂道下りたり歩いたり、物を担いだりの力仕事である。非常に身体を使う。肉体労働である。肉体労働はしんどいというイメージがあり、事実わりとしんどいが、それでもやはりそれがいいと感じる。疲労は空腹を生み、食事をうまくさせて、睡眠を誘導してくれる。PC仕事のときは身体は疲れていないのに、ブルーライトで視神経は刺激されて妙に脳が覚めていて寝づらかったし、飯もまともに食べずに、やせて行っていた。空腹になりづらいから、食欲もわかない。

そういえば、退職から一年以上が経過した。退職後の生活を一巡したわけである。コロナでごちゃごちゃとうるさかったが、一巡したわけである。ここらでちょっと整理をしておくことが求められているのだろう。

振り替えると、職場の「嫌」からは逃げられたのだった。IT系の職場から出ていきたいという願いは叶ったわけなのだった。IT系をやめて、すぐに実家の筍農業を手伝い、ナスを販売しに行ったり、草引きに勤しんだり、秋は様々な野菜や果物の収穫に追われて、冬からは林業=木こりの仕事を斡旋してもらい、竹藪の土入れと並行して林業仕事に取り組んだ。どれも一次産業で、IT系のときに感じたような「嫌」は感じなかった。どれも太陽の下で自然と関わってする仕事だったから。そのような職場で一年、とりあえずやれた。IT系ではやれなかったことが、一次産業系ではできた。これは一つの成功であると思う。成功体験である。

なぜ、成功できたのだろうか。退職というのはけっこう勇気のいる行為だった。しかし、自分の意思表示をはっきりさせて、行動したのが良かった。退職の判定を下した基準は「生命力」だった。IT系にいると、自分の「生命力」が減退する。そうすると、生きて行けなくなる確率が高まる。そういう観点から、退職を決断した。毎日、退職届をビジネスバックに入れて、通勤していた。通勤は毎日遅刻した。朝起きて会社に行く気が全然なかったのである。やべえやつだなぁ。とはいえ、まともに誰も怒らなかったから、IT系というのはそういうところナアナアな職場ではあったのだろう。人間関係もどうもなじめなかったような気がする。生命力のある人間というのはいなかった感じがする。社会以外に世界を持たない人間たちばっかりだったと思う。社会の外にも世界はあって、それは植物だったり、昆虫だったり、鳥だったり、カビだったりするのだが、そういう世界とは無関係に事が進んでいるような職場環境だった。当然である。IT系のオフィスには観葉植物という人工的に配置された植物しかないし、土は廊下に見当たらない。自然物は人間の身体だけで、人間の身体から出た手垢や唾液がPCのキーボードに付着していたり、抜けた髪の毛がデスクに散っている程度の自然感だった。こういうところに着目する時点でIT系が向いていないということがわかってもらえるのではないかと思うが、こういう感覚を退職するとき上司に説明することは難しかった。「生命力」の減退、自然から距離が離れることへの違和感、が僕を退職へと駆り立てたのであった。

 

 

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今、思っているのは、年老いてからでもなお、ずっと肉体労働を続けていたくないなぁということである。しかも親もいずれなくなるだろうし、そうするととりあえずは僕一人で農地を管理していかなくてはならぬ。いくら肉体労働が苦ではないとはいえ、それはけっこう無茶な話だから、それは避けたい。今のうちになんらかの対策を練るほかない。

そのためには、資金がいるのであろうか、従業員というか働き手がいるのだろうか、農地を利用したら収入があるようなビジネスモデルを組み立てることが必要なのだろうか。ほぉほぉ。生産設備はあるから、そこに労働量を投下すれば、ビジネスモデルとして成立させられていれば、農地を守りつつ、1人で仕事をするという状況を防ぐことができる。なるほど、それだなぁ。

シンプルなところで言えば、貸し農園でもいい。人に農地を貸して、そのお金で固定資産税を払うプラスアルファができればよい。

欲張りなことを言えば、自営業として、アルバイトなどを雇いながら、売り上げと収益を出して、それで生計を立てたり、税金を払っていったりすることがベストである。それは一つの目標である。今、僕がしていることを誰かがやるというような形である。僕が今しなくてはならないことは販路開拓とか、営業とか、人とのコネクションづくりであると思う。分業されたこの社会でビジネスモデルを回すには、各フェーズに人脈がないと、パイプの出口とパイプの入り口を繋げておかないとならん。その作業が恐らく一番大事。はじめのパイプの入り口は自然である。人間は自然から恵みを得る以外に恵みを得る方法がない。最初のパイプは一次産業のパイプ。そこから直接お客さんに届得蹴られるのが一番最高。単価を上げて、顧客数を獲得して、収益が出れば最高。それが無理なら、店舗に出品したり。とにかくやはり、そういう顧客開拓などが必要。ツイッターのDMで乱れ撃ち戦法が大切だと思われる。

やりたいことというか、やるべきことが見つかった感じがする。したくないことをしないために、やるべきことが見つかるという感じである。

農地を利用した収益化。あるいは、収益化ができなくても、人が集まればよい。人が集まれば、なんとかなる説がある。ちょっとこれはまた掘り下げて具体的に考えてゆくべき事柄である。簿記の勉強しようか。

 

おわり